名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(う)168号 判決 1966年4月12日
被告人 小林政国 外一名
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
被告人小林政国の控訴の趣意は、弁護人大橋茹の控訴趣意書(当審公判廷で訂正したもの)に、被告人北田諭の控訴の趣意は、弁護人加藤茂樹の控訴趣意書に、それぞれ記載されている通りであるから、これ等を引用する。
弁護人大橋茹の控訴趣意中理由不備の違法を主張する論旨について
所論は、被告人小林政国につき、原判決が同被告人から金二四八、三五〇円を追徴する理由として、同被告人は選挙運動費用として金二五一、六五〇円を支出したと認められるが、小池善雄から別途受領した金一〇〇、〇〇〇円を右に充当し、その残額一五一、六五〇円を原判示第一の一の(一)、(二)の受供与金員合計四〇〇、〇〇〇円から控除した残りの現金二四八、三五〇円を追徴するものである旨判示しながら、小池善雄から受領した右一〇〇、〇〇〇円の趣旨及び性質、右金員を前記選挙運動費用として支出された二五一、六五〇円の一部に充当した理由並びに右二五一、六五〇円の支出内訳につき何等の判示をしなかつたのは理由不備の違法を犯したもので、破棄を免れないというのである。
本件の記録を精査するに、原判決が被告人小林政国から金二五一、六五〇円を追徴する理由として所論の趣旨の判示をしたのみで、所論の点について特段の説明をしていないことはその通りであるけれども、小池善雄から金一〇〇、〇〇〇円を受領したとの点は、起訴の対象ともされておらず、原判決も、これを罪となるべき事実として認定したわけではなく、被告人小林が選挙運動費用として支出した二五一、六五〇円の金員の中一〇〇、〇〇〇円だけは、本件審判の対象たる受供与金員に属しない別途の金員たる右小池からの受領金をもつて充当されていることを明らかにするために、その限度で、右一〇〇、〇〇〇円につき判示した趣旨であることが明らかであるから、それ以上に右一〇〇、〇〇〇円の趣旨、違法性の有無及び授受の日時までを判示する要はない。また、追徴額算定上受供与金額から控除すべきものと認められた選挙運動費用支出額については、証拠上その支出額の算定が容易である以上、判文において、その控除さるべき支出額の合計額を示せば十分であり、その内訳についてまで判示の要はないと解すべきところ、本件においては被告人小林の検察官に対する昭和三八年一二月九日付供述調書(記録一八二八丁以下の分)等によれば、右支出額の内訳及びその算定は、容易に理解が可能であり、判決に説明を要する程の事柄ではない。更に、原判決は、右一〇〇、〇〇〇円を被告人小林の選挙運動費用支出額に充当する旨判示してそれ以上詳しく右充当の理由を説示していないので説明稍簡に過ぎる嫌いはあるが、要するに、右金員が被告人小林の支出した総額二五一、六五〇円の選挙運動費用の一部に支出されたものと認定し、右支出総額から右一〇〇、〇〇〇円を控除した残額が、本件受供与金員による支出分であることを示した趣旨であることは判文上理解し得るから、更に進んで、右一〇〇、〇〇〇円の支出の内訳等を説明しなくとも追徴の理由を付せずもしくはその理由にくいちがいがあるものということはできない。論旨は理由がない。
ところで、職権をもつて、記録を精査し、右追徴の当否を審査するに、原審の取調べた被告人小林の検察官に対する昭和三八年一二月五日付(二通)、同月九日付(記録一八二八丁以下の分)各供述調書、被告人小林の原審公判廷における各供述を綜合すれば、(イ)被告人小林が他に供与する等して支出した原判示支出総額二五一、六五〇円中一三、二八〇円のみは純然たる被告人小林自身の金員を支出したものであること、(ロ)また右二五一、六五〇円中吉岡雅三に渡されたままになつている二〇、〇〇〇円分は、被告人小林と吉岡の間の飲代の貸借清算のため同人に交付されたもので、本件選挙運動の報酬、費用でないこと、(ハ)被告人小林は、小池善雄から受領した一〇〇、〇〇〇円及び本件受供与金員の一部である五〇、〇〇〇円を、一部は現金のまま、残余は坪川後援会の幹部等に計り各人名義の小切手に代えた上で、あたかも各人に坪川後援会に寄付して貰うように装い、北陸銀行金津支店に設定した坪川後援会代表小林名義の普通預金口座にこれを振込み、その預金中から、二度にわたつて一、〇〇〇円と一一〇、三七〇円とを払戻し(その合計一一一、三七〇円)これを前記二五一、六五〇円の支出総額の一部として買収資金等に費消していること、以上の事実を認めることができる。そうすれば、(イ)の一三、二八〇円と(ロ)の二〇、〇〇〇円とは追徴金額算出上受供与金額四〇〇、〇〇〇円から控除すべきでないこと明白であるから、原判決がこの点を顧慮せず受供与金額からの控除をなして追徴額を算出しているのは正しくない。次に(ハ)の預金払戻金の支出分は、受供与利益の支出として追徴金額算定上控除さるべきでない。受供与金員が前認定のように、そのまま、もしくは一旦小切手に代えられた上で、坪川後援会代表小林名義の普通預金口座に振込まれた以上、その時点において、受供与利益は特定性を失い没収不能に陥り、右利益相当額を没収が不能に帰した当時の利益所持者たる被告人小林から追徴しなければならない状態になつたものであつて、その後において、被告人小林が右預金の払戻を受けたとしても、その払戻金はさきの受供与利益そのものではなく、従つて、これを他に供与した場合、当初の受供与が、受供与者の裁量によりその利益の一部を更に他へ供与すべき負担付きの趣旨であつたとしても、もはや受供与利益中からの供与というべきではない。もつとも、預金の払戻金も物そのものの同一性こそないが実質的には受供与利益の変形であると解し、これを趣旨に従つて他へ供与した以上、受供与者のもとに実質上利益は残らない筈であるとして、その分を追徴額から控除すべきもののようにも思われるけども、追徴については、受供与利益そのもの即ち供与を受けた金銭物品そのものを、趣旨に従つて更に他に支出し、もしくは供与者に返還した場合を除き、できる限り、没収が不能になつた当時の受供与利益の所持者からその価額を追徴すべきものとし、爾後における価値の移動は追徴額に影響しないものとすることが、追徴の可否、範囲の明確を期する意味において妥当であり、また、本件の如く、一旦受供与金員を、後援会に対する寄付金であるように仮装して後援会資金名下に普通預金口座に預け入れたような場合には、たとえ、後で払戻を受けて他への供与に支出したとしても、受けた利益を一応享受する程度に至つたものというべきであつて、受供与金員を利用も処分もせずそのまま所持していて他に供与した場合とは趣を異にし、払戻金の供与によつてもすでに受けた利益享受を否定するものでないということができる。即ち、本件の場合は、むしろ、受供与金員を自己の手許で自用に費消しもしくは他に貸付ける等した後に、同額の金員を趣旨に従つて他に供与した場合に準ぜられ、払戻金による供与と自己の受供与との間に事実上の関連はあつても、その内容たる利益は別個のものとして区別さるべきであり、後の供与により先の受供与の利益を消滅させるものと解すべきではない。そうすれば、原判決の説示する小池からの別途受領金一〇〇、〇〇〇円の選挙運動支出額への充当を考える前に、そもそも、右一〇〇、〇〇〇円をも含めて預金された一五〇、〇〇〇円の普通預金預け入れ額の中からの払戻金一一一、三七〇円の支出そのものが追徴額算定上控除さるべき支出額に該らないものであつたといわなければならない。以上三点において原判決の追徴額算定には賛し得ない点があるけれども、これ等を是正して正当な追徴額を算出すればその額は原判決のそれより大となり、被告人小林に不利益な結果となることは算数上明白であるから、被告人のみの控訴に係り、従つて、被告人に不利益に追徴額を変更できない本件にあつては、右の瑕疵は結局原判決破棄の理由とするに該らない。
弁護人大橋茹の控訴趣意中審理不尽の違法を主張する論旨について
所論は、被告人小林政国につき、原判決は、同被告人が小池善雄から受領したことを認定した金一〇〇、〇〇〇円について、その趣旨、違法性の有無及び授受の日時を判示せず、また、同被告人が坪川候補後援会結成のために支出した諸費用についても審理判断せず、更に、同被告人が受供与金員中から選挙運動費用として支出したものと認めた二五一、六五〇円について、量刑に影響のある適法支出と違法支出の割合及びその内訳も明らかにしていないから、原判決には以上の点において審理不尽の違法があるというのである。
しかしながら、小池善雄から受領した一〇〇、〇〇〇円につき、その趣旨、違法性の有無及び授受の日時を判示する要のないことは、前段説示の通りであつて、右の点を判示しなかつたことは些かも審理不尽を論ぜられるべきものでなく、また、記録を精査しても、被告人小林が所論の坪川候補後援会からの謝礼に名を借りて原判示の通りメリヤスシヤツを配るため、本件受供与金員の一部を使用したことは明らかであるが、本件受供与金員を坪川後援会の結成のために使用した事実は窺われないから、この点に関する所論も理由がない。更に、原判決は、被告人小林が本件に関し選挙運動費用として支出した金額中適法支出と違法支出の割合及びその内訳を示していないが、受供与金員の処分状況は、受供与の罪となるべき事実に属しないのであるから、判決に明らかにする必要のない事項であり、しかも、本件では、被告人小林の検察官に対する昭和三八年一二月九日付供述調書(記録一八二八丁以下の分)等により右費用支出の内訳も認定可能であり、量刑上の斟酌にも事を欠かないから、右の点においても審理不尽の違法はない。論旨は理由がない。
弁護人大橋茹の控訴趣意中量刑不当の論旨について
所論は、被告人小林政国の経歴、犯行の動機、態様、特に受供与金員の支出状況等に微し、原判決の量刑は重きに失するというのである。
記録を精査するに、多額の現金を動かし組織的に多数の選挙人に現金もしくは物品を供与し選挙の公正を著しく傷つけた本件犯行の規模態様及び被告人小林が、本件犯行において、その中枢に近い立場にあつて重要且つ極めて積極的な役割を演じていることその他諸般の事情を考慮すれば、犯行の動機、受供与金員の費消状況等所論の点を考慮しても、原判決が同被告人を懲役一〇月に処し、四年間その刑の執行を猶予したのは些かも重きに過ぎるものではなく、論旨は理由がない。
弁護人加藤茂樹の控訴趣意について
所論は、原判示第三の一、二、三の各事実につき原判決には事実の誤認があると主張するのであるが、その要旨は次の通りである。即ち、原判示第三の一の事実については、被告人北田は、相被告人小林政国の依頼により、同人から託された各封筒を、その中に原判示金員が在中していることを知らずにそれぞれ指定された相手に手渡したのみで、その際、選挙運動の依頼をした事実もなかつたのである。仮りに、被告人北田において、封筒に金員が在中していること及び小林の右金員交付の趣旨を認識していたとしても、本件の計いはすべて小林の独断によるもので、被告人北田は単に依頼に従つて右封筒を届け小林の犯行を幇助したにとどまる。従つて、被告人北田に対し、小林との共謀による金員供与もしくはその申込の犯罪事実を認定した原判決には重大な事実の誤認がある。また、原判示第三の二の事実については、被告人北田が中島弥昌に現金三、〇〇〇円を交付したのは同人の工場新築移転の祝金として贈つたのであつて、原判示のように選挙運動依頼の報酬として供与したのではないから、原判決の右認定は事実の誤認である。更に、原判示第三の三の事実については、被告人北田は、原判決認定のように、三上惣右ヱ門から選挙運動依頼の報酬としてメリヤスシヤツ上下一組の供与を受けたことはない。もつとも被告人北田の妻が右三上から原判示のような品を受取つたことはあるが、被告人北田は当時その事実を全く知らなかつたのである。仮りに、右メリヤスシヤツを三上から受取つたのが被告人北田であつたとしても、右物品は、坪川後援会結成の記念品として贈られたもので、それが選挙運動依頼の報酬として供与される趣旨であることは被告人北田の関知しなかつたところであるから、原判決の前記認定は事実の誤認である。所論は、要するに以上の通り主張する。
記録を精査するに、原判決挙示の各対応証拠を綜合すれば、原判示第三の一については、被告人北田は、昭和三八年一〇月二九日頃、被告人小林方事務所に同被告人を訪れ、自己が議員をしていた金津町議会の議員仲間で坪川候補支持者とみられる者に同候補のための投票取りまとめ等の選挙運動を依頼するについて謝礼をすべきことを謀り、両人協議の上右選挙運動依頼の報酬等として現金を供与することにして供与の相手方を決め、被告人北田は、自己の面前で被告人小林が現金を封入して各相手方毎に区分けして作つた現金入りの封筒を同被告人から受取り、右協議の趣旨に従い、原判示の相手方に、それぞれ、右現金入りの封筒を供与し(原判示第三の一の(一)、(二))、もしくは供与の申込みをし(原判示第三の一の(三))、もつて、右候補の立候補届出前に拘らず事前運動をなしたことが明らかであり、被告人北田は、右犯行につき情を知らなかつたものでもなく、また、専ら被告人小林の計いのままにその使者として動いただけのものでもなく、まさに本件犯行を発起、共謀、実行した責任者であることが認められる。また、原判示第三の二については、被告人北田は、右原判示第三の一の犯行当時には未だ態度を明らかにしなかつた金津町議会の議員仲間の中島弥昌がその後坪川候補を応援しても良いように言い出したので、同候補のための投票取りまとめ等の選挙運動を依頼してその報酬を供するため、被告人小林にその旨を謀つて同被告人から金三、〇〇〇円の現金を受取り、昭和三八年一一月一六日頃、右中島の事務所に同人を訪ね、右選挙運動を依頼しその報酬に供する趣旨で右現金を紙にも包まず裸銭のまま供与したもので、右供与に際し被告人北田は、選挙運動の報酬の趣旨であることを口には出して言わず、中島の工場の新築祝であるかの如き口吻を洩らしているが、これは、その場に居合わせた中島方の事務員等の手前もあり新築祝に藉口した口実に過ぎず、被告人北田が坪川後援会員で坪川候補の応援をしていることは議員仲間の中島にも周知の事実であつて、事改めて坪川応援の依頼を口に出すまでもなく、その趣旨は、右現金供与によつて、暗黙裡に十分了解し得るものであつたことが認められる。更に、原判示第三の三については、昭和三八年一〇月一九日頃、被告人北田方で、当時、被告人小林の意を受けてメリヤスシヤツを配つて歩いていた三上惣右ヱ門から原示判メリヤスシヤツを手渡されて受取つたのは、被告人北田諭本人であつて、その妻ではなかつたこと、右三上は、被告人小林からの依頼により坪川後援会発会式で世話になつた謝礼という触れ込みで右メリヤスシヤツを配つて歩いており、被告人北田に対する場合も例外ではなかつたけれども、右メリヤスシヤツを配つた真実の趣旨は原判決認定の通りであり、配つて歩いた三上も、受取つた被告人北田も、坪川後援会の発会式に関する謝礼としては時期遅れであることや当時衆議院の解散及び坪川信三の衆議院議員立候補の世評の高いことから、右メリヤスシヤツの配られる真実の趣旨を十分理解しており、それ故にこそ、被告人北田は違反に問われるのを恐れて受取る前に一度は断つていることが認められる。以上の各事実は、被告人等においても検察官に対する供述調書中ですべて自白しているところであり、被告人等及び関係者の公判廷における供述中には、右自白が真実に反することを主張し、もしくは、右認定に反して所論に沿う趣旨の供述をしている部分があるけれども、右供述部分は、関連証拠と対比検討して信用し難いものと認められ、右自白の真実性を疑うべき理由を見出すことはできない。されば、原判示第三の各事実に対する原判決の認定は正当であつて、所論は理由がない。
以上により、被告人両名の本件各控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することとし、主文の通り判決する。
(裁判官 小山市次 斎藤寿 高橋正之)